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2025年5月3日土曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第八章 神の愛を支配する法

キリストの学校
T. オースティン スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks 

第八章 神の愛を支配する法

ヨハネ1章4節、2章3節、3章3節、4章13~14節、5章5~9節、6章33~35節、9章1~7節、11章1~6節、17節、21節、23節、25~26節。

この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。(ヨハネ1章4節)

ぶどう酒がなくなったとき、母がイエスに向かって「ぶどう酒がありません。」と言った。(ヨハネ2章3節)

イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ3章3節)

2025年3月7日金曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第七章 油注ぎのもとで学ぶ

キリストの学校
T. オースティン スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks

第七章 油注ぎのもとで学ぶ

わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。(マタイ11:29

そして言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたはいまに見ます。」ヨハネ1:51

こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。マタイ3:16

2024年12月30日月曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第六章 開かれた天

キリストの学校
T・オースティン-スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks 

第六章 開かれた天

私たちは、これまでの瞑想の中で、キリストの学校にいることの意味を考えるように導かれてきました。この学校では、すべての学び、すべての指導、すべての訓練が、キリストを知ること、キリストを学ぶこと、キリストについて学ぶのではなく、キリストを学ぶことに向けられています。ものごとを平易、かつ、明確にしようとするときに、これはもっとも難しい点です。私たちは、キリストに関する多くのことがらを教義、教えとして取り上げることはできますが、それは私たちが求めていることではありません。それは、主が求めているものとは全く違います。求められているのはキリストご自身です。キリストご自身が、すべての真理、すべてのいのちの生きた個人的な具現化、人格化であって、主の私たちに対する目的と願いは、さまざまな側面から見た真理を知るようになることではなく、ある一人のお方、そのお方の生きた人格を、生きたかたちで知ることであり、また、その人格が私たちに伝えられ、私たちがその人格へと組み込まれることによって、すべての真理が、単なる理論的、方法論的な真理ではなく、生きた真理となることにあります。

2024年8月28日水曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第五章 いのちの光

キリストの学校
T・オースティン-スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks 

第五章 いのちの光

『すると、イスラエルの神の栄光が東のほうから現われた。その音は大水のとどろきのようであって、地はその栄光で輝いた。主の栄光が東向きの門を通って宮にはいって来た。霊は私を引き上げ、私を内庭に連れて行った。なんと、主の栄光は神殿に満ちていた。』(エゼキエル43・2、4~5)

『彼は私を、北の門を通って神殿の前に連れて行った。私が見ると、なんと、主の栄光が主の神殿に満ちていた。そこで、私はひれ伏した。』(エゼキエル44・4)

2024年7月5日金曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第四章 神の家

キリストの学校
T・オースティン-スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks 

第四章 神の家

エゼキエル
40:2 すなわち、神々しい幻のうちに、私はイスラエルの地へ連れて行かれ、非常に高い山の上に降ろされた。その南のほうに町が建てられているようであった。
40:3 主が私をそこに連れて行かれると、そこに、ひとりの人がいた。その姿は青銅でできているようであり、その手に麻のひもと測りざおとを持って門のところに立っていた。
40:4 その人は私に話しかけた。「人の子よ。あなたの目で見、耳で聞き、わたしがあなたに見せるすべての事を心に留めよ。わたしがあなたを連れて来たのは、あなたにこれを見せるためだ。あなたが見ることをみな、イスラエルの家に告げよ。」

2024年6月12日水曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第三章 啓示による学び

キリストの学校
T・オースティン-スパークス著
The School of Christ by T. Austin-Sparks 

第三章 啓示による学び

『すなわち、神々しい幻のうちに、私はイスラエルの地へ連れて行かれ、非常に高い山の上に降ろされた。その南のほうに町が建てられているようであった。主が私をそこに連れて行かれると、そこに、ひとりの人がいた。その姿は青銅でできているようであり、その手に麻のひもと測りざおとを持って門のところに立っていた。その人は私に話しかけた。「人の子よ。あなたの目で見、耳で聞き、わたしがあなたに見せるすべての事を心に留めよ。わたしがあなたを連れて来たのは、あなたにこれを見せるためだ。あなたが見ることをみな、イスラエルの家に告げよ。」(エゼキエル40・2~4)』

2024年5月19日日曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第二章 真実を学ぶ

キリストの学校
T・オースティン-スパークス著
The School of Christ by T Austin-Sparks

第二章 真実を学ぶ

『そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」彼らはイエスに答えた。「私たちはアブラハムの子孫であって、決してだれの奴隷になったこともありません。あなたはどうして、『あなたがたは自由になる。』と言われるのですか。」イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。』(ヨハネ8・31~36)

2024年4月6日土曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、第一章 霊的な教育の土台

セオドア・オースティン・スパークス『キリストの学校
The School of Christ by T Austin-Sparks

第一章 霊的な教育の土台


エゼキエル
40:2 すなわち、神々しい幻のうちに、私はイスラエルの地へ連れて行かれ、非常に高い山の上に降ろされた。その南のほうに町が建てられているようであった。
40:3 主が私をそこに連れて行かれると、そこに、ひとりの人がいた。その姿は青銅でできているようであり、その手に麻のひもと測りざおとを持って門のところに立っていた。

2024年4月5日金曜日

オースティン・スパークス、『キリストの学校』、序文

セオドア・オースティン・スパークス『キリストの学校』
The School of Christ by T Austin-Sparks

著者からのお願い

ただで受けたものは、ただで与えるべきであり、利益を得るために売ってはならない、また、メッセージは一語一句、自分が語ったままに伝えて欲しいというT・オースティン・スパークスの要望を守るため、このメッセージを他の人たちと共有する場合は、彼の願いを尊重して、無償で配布するようにお願いします。代金を受け取ること、料金を課すこと(配布のために必要な経費は除きます)はしないでください。また、この一文を必ず含めてください。