2019年12月5日木曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第五日

もろびとこぞりて
―降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

Joy To The World
Daily Readings For Advent

第五日:永遠に続く愛

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。(ミカ5:2)

あなたがこの世に生まれたときに、初めてキリストがあなたを愛したのではなく、人の子らがまだ生まれていないうちから、キリストは彼らを愛していました。キリストはいつも、彼らのことを想い、永遠から永遠に至るまで、主の愛は彼らに注がれました。信じるものよ、主がこれほど長く、あなたの救いを考えていながら、それを成し遂げられないことがあるでしょうか?永遠の昔から私を救うために働いてこられたのなら、今、主は私を失うでしょうか?私を大切な宝石として手の中に置いていた主が、その大切な指のあいだからすべり落ちるにまかせるでしょうか?山がそびえ立ち、深い水路が削られる前に、私を選んだ主が、今は、私を失うのでしょうか?あり得ないことです!

2019年12月4日水曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第四日

もろびとこぞりて
―降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

Joy To The World
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第四日:王として生まれる

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。(ミカ5:2)

ベツレヘムは、『ユダの氏族の中で最も小さい』と言われています。なぜでしょう?イエス・キリストがいつも、小さい者たちのあいだを進まれるからです。主は、『ユダの氏族の中で』最も小さいところで生まれました。バシャンの高い丘でも、ヘブロンの王の山でもなく、エルサレムの宮殿でもなく、つつましくも輝かしいベツレヘムの村でした。あなた方の中に小さなものがいます――『ユダの氏族の中で最も小さいもの。』誰も、あなたの名前をきいたものはいません。あなたが埋められて、墓石に名を刻まれても、誰も気にとめません。通り過ぎる人は言うでしょう、『私には関わりがない。この人のことは知らなかった。』あなたは、自分のことをよく知らないし、自分のことは多くは思いません。あなたは人々から蔑まれ、あるいは、人に蔑まれなくても、自分を低くする方です。あなたは、小さな者たちの一人なのです。さて、キリストはベツレヘムで、小さな者たちの中に生まれます。自分を高くする心は、キリストの中にはありません。キリストは高ぶるものの中ではなく、小さな者たちの中にいます。強く高ぶった霊は、イエス・キリストを受けることはできません。主は、低い扉から入られ、高い扉からは入らないからです。砕かれた心とへりくだった霊を持つ者だけが、救い主を受けることができます。

2019年12月3日火曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第三日

もろびとこぞりて
―降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

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第三日:パンの家、争いの家

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。(ミカ5:2)

ベツレヘムということばには、二重の意味があります。『パンの家』と『争いの家』です。

イエス・キリストは、『パンの家』に生まれなければならなかったのではないでしょうか?主こそ、民が食べて生きるパンです。私たちの父祖が荒れ野でマナを食べたように、私たちも、この世ではイエスを食べて生きています。私たちは、世にあって飢えていますが、影を食べて生きることはできません。その殻は、世にある者たちの下卑た味覚を楽しませたとしても、彼らは野卑な者たちです。しかし、私たちは、本当に中身のあるものを必要としており、天の祝福されたパン、主イエス様の刺し貫かれた御体で作られ、苦しみの炉で焼かれたパンの中に、私たちの祝福された食べ物があります。沈み込んでいる魂にとって、また、もっとも強い聖者にとっても、イエス様のような食べ物は他にありません。神の家族の中でもっとも弱々しい者が、パンを求めてベツレヘムに行き、固い肉を食べる、もっとも強いものは肉を求めてベツレヘムに行きます。パンの家!あなたの他に、私たちはどこで滋養を得られるでしょう?

2019年12月2日月曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第二日

もろびとこぞりて
―降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

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第二日:悪魔をなぎ払う一撃

『わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。』(創世記3:15)

キリストは、年老いたへびにかみつかれる。しかし、それだけです!かまれるのは、かかとであって、頭ではありません!ですから、ごらんなさい、この勇者は再び立ち上がります。そのかみ痕は、致命的ではなく、いずれ消えていきます。主は死なれますが、墓の中で眠っている時間はとても短いため、きよらかな御身体が傷むことはなく、完全で美しい御姿で外に現れ、休まずに働いた労苦の日の後で、ゆっくり眠って目覚めた人のように、墓の中からよみがえられます!

2019年12月1日日曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第一日

もろびとこぞりて―
降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

Joy To The World
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第一日:恵みの第一幕

『わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。』(創世記3:15)

これは、地上で最初に行われた福音説教と言えます。エホバご自身が説教者となり、全人類と暗闇の君を聴衆として迎えた記念すべき語りかけでした。私たちにとっても、もっとも心を傾けて聴く価値があります。この偉大な福音の約束が、そむきの罪が行われたすぐ後、これほど早く行われたことに注目すべきではないでしょうか?まだ、二人の反逆者のどちらにも判決は下されていないのに、この約束は蛇に対する判決というかたちで与えられているのです。

2019年11月30日土曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、はじめに

もろびとこぞりて
降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

Joy To The World
Daily Readings For Advent

はじめに

12月のあわただしさのさなか、一日に五分だけ時間を取って、スポルジョンさんのことばに心を傾け、イエス・キリストのよき知らせの中にだけにあるよろこびで心を温めてもらいましょう。

『望む、望まないに関わらず、今は一年の中で、キリストの誕生のことを、じっくり考えさせられる季節です』と、チャールズ・スポルジョンは、1855年12月23日の説教の冒頭で述べました。クリスマスを祝うことが宗教的に必要であるという考え方を打ち消した上で、スポルジョンは続けました、『とはいえ、私は』、イエス様の受肉について説教をする機会として、『一年にクリスマスの日が、十回とか、十二回もあればいいと思っています。』

この降臨節をゆっくりと過ごしながら、イエス様の誕生に思いをはせてみましょう。

ここにおさめられた一日一章の読み物は、イエス様の受肉について語られたスポルジョンの説教から抜粋したもので、現代の読者に合わせて、言葉も編集されています。スポルジョンの説教をもっと読みたい方には、このサイトをお勧めします。
http://www.spurgeon.org/index/rindex.php

2019年11月20日水曜日

経験の大切さと価値(T. オースティン-スパークス)

経験の大切さと価値

T. オースティン-スパークス

『そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み,出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。』(ローマ五・三~五)

苦難を通して得られる経験


『忍耐が練られた品性を生み出す。』

ここで、『練られた品性』とされていることばは、聖書の版によってさまざまな訳があり――欽定訳聖書では、『経験(experience)』、改訂欽定訳では、『試練(probation)』、アメリカ改訂訳では、『承認(approvedness)』――ここから、豊かな言葉、大きな意味と内容を持つ単語であることが分かります。これは実際に、試みの結果として承認を受けることを意味しています。そして、私が、欽定訳の『経験』が、もっともよい訳だと思うのは、同じ語源から、『実験(experiment)』――試みとその結果――と言う単語が派生しているからです。ここにこそ、このことばの本質があります。『患難が忍耐(がまん強さでもいいでしょう)を生み出』し、そして、『忍耐(がまん強さ)が経験』を生み出すのです。