2020年11月25日水曜日

【Daily Open Windows】11月25日

十一月二十五日

また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、・・・・神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせました。(エペソ一・十八~二十)

復活とは、至上の奇蹟です。死は、神の働き、神の似姿、神の目的に対立するもっとも強い力です。死は、この宇宙で人間に対抗する最大の力であり、人間の働き、人間の希望、人間の幸福に対立するものです。死とは、造られたままの被造物の最後を告げることばです。神の外に、死よりも強い力は、この宇宙にありません。死が入り込み、働きを完了したら、何ものであろうと、それを元に戻し、滅ぼすことはできません。悪が支配する世界では、死を越える力はどこにもありません。だからこそ、キリストの死からのよみがえりを語るとき、『神のすぐれた力がどのように偉大なものであるか』(エペソ一・十九)ということばが使われます。他のあらゆる悪の力――罪、苦しみ、悲しみ、滅び――を死が超えたとき、神の答えだけが、ただひとつの希望、ただひとつの解決となります。

2020年11月24日火曜日

【Daily Open Windows】11月24日

十一月二十四日

私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ一・三、四)

この御言葉で、世界が造られる前から選ばれていた者、イエス・キリストを通して子供として迎え入れられるよう、あらかじめ定められていた者が、天にあるすべての霊的祝福を受けました。これは、ご自身の民への神の豊かな思い、完全で、すべてを包み込む、あふれるばかりの思いです。私たちはまだ、この祝福のすべてを受けるに至っていませんが、それは、神がまだ、与えていないからではなく、私たちがそれを受けるだけ、十分に成長していないからです。私たちは、あらゆる面で、主に達するほどに、成長してはいません。これが、上のみことばの大切な点、すなわち、神の思い、キリストのはかりに達したいと言う強い願いです。

2020年11月23日月曜日

【Daily Open Windows】11月23日

十一月二十三日

愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、・・・人知[経験を伴わない知識]をはるかに越えたキリストの愛を[実践的に、あなた方自身の経験を通して]知ることができますように。(エペソ三・十七、十九)

聖霊は、忍耐、素養、指導、力強さなど多くのものをを霊の賜物として与えてくれますが、聖霊自体が経験の代わりとなることはありません。私たちは、気がつけば、本来なら聖霊はするはずのないことを、聖霊が自分のためにしてくれるようにと願っていることがよくあります。御霊がすることは、私たちを経験へと導くことです。これが、御霊が私たちの祈りに答えるただひとつの道です。多くの祈りは経験を通して答えられます。主に何かをしてくださいとお願いすると、主は経験を通してあなたを導き、あなたは答えへとたどり着きます。もちろん、それがあなたが望んでいたことではなく、あなたが願ったのは、主がそのとき、そこで、贈り物として、行動として、そのことを実行してくださることでした。しかし、それは、ただ客観的に外から与えられたものとしかなりません。御霊はこの経験をあなた自身の一部とすることを望んでおり、だからこそ、御霊は祈りに対し、経験によって答えるのです。『忍耐が経験を生み出す』のであり、そして、経験がなければ、誰が、何を与えてくれようとも、なんの役に立つでしょう?

2020年11月22日日曜日

【Daily Open Windows】11月22日

十一月二十二日

信じた者の群れは、心と思いを一つにしていた。(使徒四・三十二)

主は、地上でともに働く仲間として、あらゆる面で天的な人たちを必要としています。その生活、力、知恵、知識、そして、目的といった霊的な資質は天からのもの、御霊の手助けのみによるものでなければなりません。彼らが用いる方法と手段は、神から与えられ、また、示されたものでなくてはなりません。彼らの活力は、神から直接、伝わる活力であり、すなわち、自分自身の活力からは切り離されたものです。彼らのあいだの霊的な関係とつながりは、天的なものであることが必要です。初期の教会において、主の王座の力が失われたのは、この世的な制度と体系に溶け込んでしまったためであり、古くからのしがらみに対して、断固たる立場を取らなければ、回復の見込みはありません。キリストの御体――教会――の真に天的な性質について言えば、この世の秩序と矛盾しない、純粋に天的な地位が必要となってきます。主のしもべたちの集まりにおいて、誰かが語ったそうです、『それは、まるで天にふれられたようだった。誰もが――そこにいるあいだ――宗派の違いや、この世の分裂をきれいに忘れていた。』これが、全てを物語っています。でも、なぜ、元の状態に戻ってしまうのでしょうか?

2020年11月21日土曜日

【Daily Open Windows】11月21日

十一月二十一日

私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。(第二コリント三・十八)

神のいのちの輝きに生きていれば、私たちの顔がその輝きを曇らせることもあると、私は考えています。私たちが本当に主とふれあって生きていれば、世はどこかで気づくはずであり、そこには、霊的な者だけが味わい、理解することができる言葉が聞かれるでしょう。アブラハムの種に霊的に感応する者たちがいて、彼らは他の誰とも違います。さて、『教会』と呼ばれるものの悲劇とは、これまでいつも、また、おそらく、今日もこれまで以上に、この区別が失われつつあることです。今日の世界では、お互いとの対立、互いの違いを無くしていく方向で、また、相手に取り入って、自分と衝突しない人たちに近づくことによって、人間の集まりが出来上がっているのではないかと思います。そう、これが、私たちを取り囲む宗教世界で行われていることであり、時代に合わせようとしているのです。しかし、五旬節の時に起こったことの本質を見れば、その場にいた霊の人々は、その存在自体が全く人とは違っていたし、他の人たちともあらゆる面で異なっていたのであり、そして、彼らの強さと影響力はこの差異の中にあったのです。他の人たちとなれ合うことができないのは、彼らが不器用で、付き合いにくく、人をいらだたせるからではなく、彼らの霊的な気質のうちに際立った何かがあるためです。そのことに気づきさえすれば、それが、この世に彼らが影響を及ぼす秘密となります。

2020年11月20日金曜日

【Daily Open Windows】11月20日

十一月二十日

あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(第一ペテロ五・十)

私たちのために、また、私たちの中で、行われなければならないことがあります。私たちは、何ごとかが私たちのために成される、すなわち、天が私たちの生活に介入して、困難が取り除かれ、私たちのためにまっすぐな道が引かれるといった流れで、ものごとが進むことを願っています。天が手を差し伸べる用意が整い、主が私たちのために働く備えができたとしても、それが全てだとしたら、主のためには不十分です――そして、私たちにとっても十分とは言えないでしょう――。霊的な成長と成熟の原理は、まさしく、主が客観的事実と主観的事実の釣り合いを保つことを求めています。すなわち、何かが私たちのために行われるとき、それは、私たちの中でも行われるということです。これもまた、十字架の原理です。主は、私たちのために死なれた――これが客観的事実です――。私たちが主の中で死んだ――これが主観的事実です。霊的な経験にはふたつの側面があります。主は、ものごとの釣り合いを保っています。

2020年11月19日木曜日

【Daily Open Windows】11月19日

十一月十九日

神の約束はことごとく、この方において「しかり。」となりました。(第二コリント一・二十)

この約束は何のためでしょう?この約束が、人間的なよろこびをもたらすものでないことは、イスラエルの場合も、私たちの場合も同じです。・・・・主の子供たちである私たちは、気が付けば、個人的な戸惑い、個人的な困難、個人的な苦しみの中に、厳しさに取り囲まれた状況に置かれていることがよくあります。そのようなとき、私たちは、神の御言葉のある部分を取り上げ、それを主の前に掲げて、解放を願い求めます。