ここで使徒ペテロは、主による取りなしという問題を、自分なりに説明しています。神が私たちに福音の約束を残されたのは、その約束によって、私たちが神のご性質にあずかる者となれるためであると、彼は言っています。
これはどういうことでしょうか?
これが意味するのは、罪人が家に帰るとき――すなわち、救いの信仰をもって、悔い改めてキリストを信じるとき、神は、この罪人だった者の胸に、ご自身の性質の一部分を埋め込むということです。このとき、神の中にある神の性質と、罪人の中にある神の性質は、異質なものではなくなります。二つはひとつになり、そして、この罪人は家に帰ったのです。不一致はなくなり、似ていなかった部分は取り去られ、そして、人の中の神の性質が、神と人との交わりを自然なものとします。



