神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。 (第二コリント5:1)
多くの人たちが、天国に行くことについて話していますが、世の宗教が与える希望は、実にはかないものです。
死という出来事の向こうに、祝福された状態を求めることができるという希望は、神の優しさ、そして、イエス・キリストが私たちのために十字架でなされた購いの御業の中にしかあり得ません。
神の深い深い愛は、そこから後の幸福が流れ出る泉であり、キリストにある神の恵みは、その泉から私たちに届く水路です。キリストの十字架は、神と同じ性質が罪人の側にあるという、高潔な状況を作り出します。



