『わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるために』フィリピン、マニラ、1964年
That They May All Be One, Even As We Are One.
Manila Philippines, 1964
第十六回会合―『無償で得た物を主にささげることはできない』
Meeting 16 - "I Will Not Offer Unto the Lord That Which Cost Me Nothing"
第十六回会合
(1964年2月11日午後)
引用箇所:第一歴代誌21章1節、7~30節。
このオルナンの麦打ち場が、後に大神殿の敷地となったことは、皆さんもご存じだと思います。ここは、ソロモンによって大神殿が建てられた場所です。そして、祭壇がこの麦打ち場に置かれたことは、神の家がギベオンからエルサレムへ移ったことを告げるものです。神の家が麦打ち場の跡に建てられたというのは、非常に印象的なことです。麦打ち場が何をするところか、皆さんもご存じでしょう。竿を力いっぱい降り下ろして、小麦の穂にたたきつける場所、麦の粒が殻から離されるところです。そして、この麦打ち場で、霊的な意味で同じことが起こったのです。そこは、罪が裁かれる場所でした。神の家について、何よりも大切なこととして、その家は罪が裁かれる土地に建てられたのです。ダビデは、その前に言っています、「私は、大きな罪を犯しました。私はほんとうに愚かなことをしました。」ダビデの罪は、神によって恐ろしい裁きを受けました。そして、神の家の土台は、罪が裁かれた場所に置かれました。これは新約聖書でも同じことが言えます。