2020年1月5日日曜日

【Daily Open Windows】1月5日

一月五日


のがれて残った者は下に根を張り、上に実を結ぶ。(イザヤ37:31)

主にとって、絶対に必要なのは、流されることのないもの、誰にも取り去られないもの、決して揺るがされないもの、そして、何よりも、根から抜き去られることがない何かです。それが、主にとっての『のがれて残った者』です。それが、主ご自身の栄光のためになくてはならないものであり、だからこそ、主は、『のがれて残った者』が、同じ仲間どおし、一つところに集まって、下に根を張るように、あらゆる手段をとられます。もちろん、上に実を結ぶためです。私たちは、ものごとの上向きの面について、すなわち、天的な生活、天から来たものに囲まれた暮らし、私たちの戦いやはたらき――主と結びついた私たちの生活が結ぶ実ついて、多く語ります。しかし、これは、下に根を張っていて、初めて可能なものです。これが現実となるためには、私たちは、決して揺り動かされない場所、すなわち、根が堅く張っていて、何があっても引き倒されるないところに至らなければなりません。そして、これが、今、この時代に、ご自身を信じる霊的な民に対して、主がなさっていることの大部分を説明していると、私は思っています。


この時代、神の本当の子供たちが、どこであっても、非常につらい試練と、霊的な試みのときを通されていることは事実です。なぜでしょう?それは、主が、地獄が逆らうことすらできない何か、それによって、宇宙全体に対して、ご自身の力の強さを知らしめる何かを必要としているからです。それは、耐え抜き、持ちこたえるための主の力強さであり、また、それによって、全てを立ち上がらせた力です。もし、この時代、主の教会に課せられた最後の課題は何かと尋ねられたら、私は、ただ耐え抜くことだと答えますし、そこには実に多くのことが込められています。ああ、それで全部とはずいぶん少ないんですねというあなたは、ずっと、多くのことを期待しているのでしょうか?進歩、成長、すべてをくつがえすような変動を考えているのでしょうか?主の教会は、自分が持ちこたえるために、最後には、働きの全てを切り捨てることになるでしょうが、持ちこたえること、それ自体が教会の勝利なのです。苦しみと試練の中、たくさんのことが地吹雪のように吹き荒れているとき、何もかもが暗く、理解しがたく、神さえもが遠く離れた幻のように見えて、信仰が試されているとき、また、あなたが右側からも左側からも攻撃を受けているとき、そして、外から見れば、あなたが揺れ動き、あきらめ、倒れ、降参し、自分の基準を下げても当然としか思えないような状況にあっても、ただ、ひたすら持ちこたえていて、あなたの信仰が揺り動かされずに守られれば、それ自体が、あなたが達成できる最大の勝利なのです。・・・

私たちは今、深い経験を通されているところであり、それを行っているのは主の敵で、主はこの敵をとどめていませんが、私たちは、神の力のより完全な知識、そして、これまでのように揺り動かされることのない深く根を張った自分に向かって進んでいるのです。そして、主が手の内に求めているのは、決して揺るがされることのない民、地獄がその傲慢さと尊大さをあらわに差し迫ってこようとも、手をふれることもできない人々です。『のがれて残った者は下に根を張り、上に実を結ぶ。』これこそ、主が必要としていることです。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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