2020年1月28日火曜日

【Daily Open Windows】1月28日

一月二十八日

また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、・・・あなたがたが知ることができますように。(エペソ一・十八)

教会のことで、聖霊に光を当てられるという経験は、それを味わっていないであろう人に、ことばで説明することはとても難しいものです。しかし、それを見た人たちに対しては、説明は必要ありません。生活のあらゆる面で、この経験は大きな違いを生むからです。あなたにも、エペソ書、コロサイ書、ローマ書について語り、キリストの御体としての教会のことを何でも述べ伝えることができるようになります。それを、どれだけ書物で読もうと、そこに本当の姿は現れていないかもしれません。そんなある日、あたかも天が開け、この経験が霊の上に降り注いだかのように、あなたはそれを見たのです。そして、生活のあらゆる面を改めざるを得なくなりました。あなたは、こう言えるようになります、『教会は宗派や国家とは全く違うことが分かった。私は全ての信者がひとつになっていると信じるようになった・・・』そう、まさしくそのとおりです!しかも、それより大きな何かがあります。その何かとは、啓示によってのみ、もたらされるものです。他のものを選べば、限られたところにしか到達できません。しかし、このもっと大きな何かを受け取れば、それがあなたをずっと先まで導いてくれます。それによって、争いと損失にあふれる世界へと引き込まれますが、それは、あなたが完全に新しい世界に出てきたということなのです。それは、神の目的に近づくために必要なことです。


こういったことを口にし、事実として指摘し、そして、強調することはできても、現実には、こう言うしかありません、『どうやって、それを手に入れたらいいのですか?あなたが言わんとしていることは分かるし、非常に明白ですが、私たちの手元にはありません!』そうですね、もし、本当にあなたが二心の者でなく、あなたの心が完全に主に向けられていて、目に見える限りのものをすべて目にとめ、そして、このことで主の御手をはっきりと受け止めてさえいれば、一日ではとても足りなくても、その道は、ゆっくり、着実に、静かに進み、あなたは、新しい理解の世界へと入り始めます。そして、あなたは、自分の視点が変わってゆくことに気づきます。価値観の基準が変わり、新しい洞察力が備わります。それには、何カ月もかかるかもしれませんが、それが終わった時には、こう言えるはずです、『私は変わった!私には何かが起こった。これまで受け入れていたものを、もう受け付けることはできない!』実際に、こんなふうに起こるかもしれないし、あるいは、一気に流れ込んで来るかもしれません。どのようなかたちで来るかということは、大して重要ではなく、このことで大切なのは事実――霊的な輝き――です。この使徒は、手紙を送った相手がこれを受けることができるようにと祈りました。私たちもそれを受けることができるように、そして、全ての主の民がそこに入ることができるように祈りましょう。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

0 件のコメント: