2016年6月27日月曜日

心から心への言葉[39]みずみずしい献身を続けよう

[39]みずみずしい献身を続けよう
ウォッチマン・ニー、『心から心への言葉』

旧約聖書には、天幕の外に置かれる祭壇の火は、一度しか点けてはならないと書かれています。毎日、たきぎを次ぎ足し、いけにえを捧げ続けて、その火は昼も夜も、絶えることなく祭壇の上で燃えていなければならなかったのです(レビ記6:12を参照)。火を点けてよいのは一度だけです。燃え尽きた後で、新しい火を灯すことは許されませんでした。祭壇の火は、消えることなく燃え続けていることが求められていました。祭壇の火を保つためには、毎日、休むことなくいけにえを捧げることが必要でした。

新約聖書では、私たちは自分のからだを、生きた供え物としてささげることを求められています(再びローマ12:1を参照)。燃える火を守り続けるために、絶えることなく自分を神へのいけにえとして捧げなければいけません。生きた供え物とは、生きている限り、自分を神へのいけにえとして捧げ続けるという意味です。罪を犯したり、何かを差し出さずおけば、私たちはみずみずしさを失います。そして、そのままで捧げ続けるなら、祭壇に置かれた神の火を消してしまうことになります。

もしあなたが、自分が傷つくことはしたくないと思ったら、または、愛、思い、願い、欲求、望みや期待を大切にするあまり、自分の欲望、意思や感情が傷つけられることは避けたいと考えたら、その瞬間、あなたは、自身を生ける供え物として捧げることをやめたのです。自分を傷つけたことが、一度としてないのに、心のうちでは喜びで満たされていられると言うなら、そんな喜びは頼りないものです。自分の全てを祭壇に捧げてはじめて、あなたは供え物となるからです。あなたは傷を負い、苦しみ、大切なものを失いながらも、神には何かを差し出しています。この時、あなたは自分に逆らって生きているかのように見えるでしょう。しかし、うちなる喜びは絶えることなく沸き立つのです。

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