2018年12月16日日曜日

【神の約束】気うつ(こんな気分のときには…)

気うつ(こんな気分のときには…)

彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される。 [詩篇34篇17節]

あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。 [イザヤ43章2節]

まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。 [詩篇30篇5節]

愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現われるときにも、喜びおどる者となるためです。 [第一ペテロ4章12-13節]

2018年12月15日土曜日

【Daily Open Windows】12月15日

12月15日

堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。(ヘブル5:14)

生まれたままの人の肉体は五感を備えています。私たちには視覚、聴覚、臭覚、味覚、そして、触覚が備わっています。これが、私たちの肉体が生まれた時から持っている五感です。しかし、私たちの中には、『隠れた心の人』と呼ばれる人もいて、その内なる人間は、外側の人の五感に当たるものを持っています。内なる人の能力として、霊的な視覚、霊的な聴覚、霊的な嗅覚、または、感覚、霊的な味覚、そして、霊的な触覚が備わっており、これらの感覚は、内なる人の生活にとって非常に大切なものです――そう、人の肉体が持つ感覚よりもずっと大切です。肉体が持つ五つの感覚のどれかひとつでも失った人が味わう辛さを、私たちはよく知っています。その損失は非常に大きなもので、不完全な人生、制限だらけの暮らしを強いられます。しかし、これは内なる人にあっても、まったく同じことです。霊的な視力を持たないことは、悲劇的な損失であり、大きな制限を受けますし、霊的な聴力を失えば、御霊に応える力もなくなります――『耳のある者は御霊が言われることを聞きなさい』と言われるとおりです。もし、聴く能力がまったくなければ、それは絶望的な状況と言えます。感覚――臭覚で言えば、ものの匂いを即座に嗅ぎ分ける能力――がすべてなくなれば、どれだけのものが失われるでしょう。

2018年12月14日金曜日

【神の約束】孤独(こんな気分のときには…)

孤独(こんな気分のときには

金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」 [ヘブル13章5節]

わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。 [マタイ28章20節]

まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。 [第一サムエル12章22節]

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。 [イザヤ41章10節]

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。 [ヨハネ14章18節]

2018年12月13日木曜日

【Daily Open Windows】12月13日

12月13日

あなたがたの心の目がはっきり見えるようになりますように。(エペソ1:18)

『あなたがたの心の目がはっきり』見たものとは・・・すべてを見抜く愛です。愛は、天が地から離れているほどに、盲目から遠く離れています。『愛は盲目』ですか?いいえ――真実の愛は違います。現実に、真実の愛は全てを見ながらも、すべてを超えるものです。弟子たちに対するキリストの愛は、相手のことを何ひとつ知らない盲目的な愛、だまされ、欺かれ、惑わされた愛ではなく、最終的には、弟子たちは主が見込んだような者ではなかったことを見抜きました。そう、『イエスはすべての人を知っておられた』(ヨハネ2:24)のです。主の愛はすべてを見通しており、弟子たちがいずれ何をするか、始めから正確に語ることができました。それでも、愛は変わることなく、そのまま続きました。愛とは、すべてを見抜く、大きなものです。

2018年12月12日水曜日

【神の約束】心配(こんな気分のときには…)

心配(こんな気分のときには…)

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。 [第一ペテロ5章7節]

あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 [ヨハネ14章1節]

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 [ピリピ4章6-7節]

キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。 [コロサイ3章15節]

志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。 [イザヤ26章3節]

2018年12月11日火曜日

【Daily Open Windows】12月11日

12月11日

天が支配する。(ダニエル四章二十六節)

天による支配こそが、今日、非常に強く求められています。しかし、それを行うのは聖霊であす。そして、いつも人間が作り上げた教会で見ているものは、天の支配とは違うという事実に、私たちは気づかなければなりません。神の霊的な人々は、これまでよりもいっそう、キリスト教と教会という古い制度から、そして、聖職者という制度から、自分が離れていると感じています。長いあいだ自分の足元を支える土台であったものに、多くの人が深い失望を感じ始め、霊的な真実を求める叫び声があげられています。巧みで知性を刺激する説教はたくさんありますが、それが呼び起こすのは、霊に対する飢えです。さまざまな活動が行われていても、そこに霊的な主のいのちはありません。主は、真に天にあるもの性質を私たちに示そうとしていると、私は信じています。人間が地上に引き降ろし、手に取って、かたちを与えたものは、天にあるものの貧相なまがい物に過ぎないのですが、広い世界では、それが、戯画的に表された天国のすがたとして捕らえられています。

2018年12月10日月曜日

【神の約束】落胆(こんな気分のときには・・・)

落胆(こんな気分のときには・・・)

主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンにはいり、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。 [イザヤ51章11節]

そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。 [第一ペテロ1章6-9節]