2021年1月29日金曜日

エイデン・トウザー【日々の渇き】1月29日

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。【エペソ2:8-9】

今日の教会には、恐ろしい間違いが蔓延しています。人間は、自分の生活で、神とのつながりが大きな位置を占めていると考えていますが、実際にはそうではありません。現実には存在しない神とのつながりに、希望を託す人もいます。

宗教の呪いは、このような考え方を広めてしまうことです。

私たちは皆、自分が神の子供であると信じていて、『神にして、全ての人間の父』であるお方のことを語るとき、それは全ての人を含んでいます。聖書のどこにも、神が人類の御父であるなどと教えてはいません。

あるとき、イエス様はパリサイ人を悪魔の子と非難しました。『あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者です。』今日の宗教においては、このような言い方はあまりしません。私たちは皆、ひとつの家族であると教えられています。

ここでは贖いの御業を見落としています。人間が、神とのそれほど調和した関係にあるなら、なぜイエス様が十字架で死ななければならなかったのでしょう?贖いの目的とは何だったのでしょう?

このような考え方が広めるもうひとつの誤りは、人間はそのままでよいということです。人間が、神と調和しているなら、なぜ、人類はこれほどまでにお互いと調和できないのでしょうか?

宗教が教えることは、歴史上の事実とは相容れません。

私の希望は他の何ものでもなく、
ただイエス様の血と義の上に建てられます。
私は、自分を良い気分にしてくれるものを信じず、
イエス様の御名にのみ、より頼みます。
エドワード・モート(1797–1874)

天の父よ、あなたがくださる主の驚くべき恵みに感謝します。
イエス・キリストが、私をあなたとの交わりの中へと導きました。
あなたの交わりの他に、喜びはありません。アーメン。

My Daily Pursuit, Devotions for every day
A.W. Tozer

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