2021年6月15日火曜日

エイデン・トウザー【日々の渇き】6月15日

弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。【ルカ15:12~13】

多くの人が、放蕩息子のたとえを説明しようとしてきました。彼を、背信者と呼ぶ人がいます。彼を、罪人と呼ぶ人もいます。しかしながら、神が罪人のことで、『この息子は、死んでいたのが生き返った』と語るところを想像できるでしょうか

どちらも受け入れられなかったので、私は、神のところに行って、願いました、『神よ、お示しください。』

私は、ひとりである場所に行きました。かつて、ひとりだけで何日も祈っていた部屋へ行ったのです。突然、頭の上で光がひらめいて、理解しました。私は、神が聖書について教えてくれることを疑ったことはなく、このとき、神が私の心にこう言われたと信じます、『放蕩息子は、背信者でも罪人でもない。放蕩息子とはすべての人間のことである。アダムにおいて、人類は豚小屋へと、遠い国へと出て行ったが、御子キリストにあって戻ってきたのだ。』

放蕩息子は、三つで一組のたとえ話のひとつです。迷子になった羊のたとえ、なくした硬貨、そして、放蕩息子のたとえの三つです。迷子になった羊は、後で救われる人間のひとりであり、この人が戻ってくるときは、贖われて、あがないを受け入れた人間たちのひとりとなるのです。

私の羊飼い、イエスは、私の魂を愛してくれた方、
ご自身の血で私を洗った方、私の病を癒やしてくださった方。
失われた者を探し、迷える羊を見つけられた方です、
私を群れへと連れ戻し、今も守ってくれるお方です。
ホレイシャス・ボナー(1808~1889)

愛する神、父よ、私を群れに戻そうと、いつも働いてくださることに感謝します。あがないが、あなたとの交わりへと私を導いてくれたのであり、この交わりを、私は、今の世界、また、これから来る世界の何よりも大切にしています。イエスの御名において、あなたを讃え、あなたに感謝します。アーメン。

My Daily Pursuit, Devotions for Every Day
A.W. Tozer

0 件のコメント: