2019年12月16日月曜日

スポルジョン、『もろびとこぞりて』、第十六日

もろびとこぞりて―降臨節に向けた25章
チャールズ・H・スポルジョン

第十六日:あなたに向けられた神の御心

すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」(ルカ2:13-14)

アダムが堕ちて以来、地上に平和はありませんでした。しかし、新しく生まれた王が姿を現したこのとき、主を包んでいた産着のひもが、平和を告げる白旗となりました。飼い葉桶は条約が結ばれて、人間の良心と自分自身、人間の良心と神のあいだの戦争が終結する場所になりました。

イエス様が告げる言葉の他に、どこで平和を見つかるでしょう?

律法主義者たちよ、労苦と痛みに耐えながら平和のために働こうとしても、平和は得られないでしょう。律法を信頼する者よ、シナイ山にゆき、モーセが見た炎を探しても、体を縮こませ、震え、絶望するだけです。平和は、『彼は平和なり(ミカ5:5)』と言われる主の中にしかないからです。愛する者よ、それは何という平和でしょう!それは川のような平和であり、海の波のような義です。それはあらゆる理解を超える神の平和であり、主イエス・キリストを通して、私たちの心と思いを守ってくれるものです。赦された魂と赦す神のあいだのこの聖なる平和、罪人とその裁き主のあいだの驚くべき和解、これこそ、天使たちが、『地の上に平和』と歌ったものです。

造られた者に対する創造主の優しさの証しとして、この創造主がご自身の愛したひとり子を死なせるために与えたという事実にまさるものはあり得ません。ある者は神を、すべての人類を憎んだ気難しい存在であったかのように考えています。ある者は神を、人間たちの問題には関心を持たない抽象的な存在であるかのように思い描きます。聞きなさい、神は、『民を良い御心を持っています。』良い御心が何を意味するか、あなたもご存知です。神を罵る者よ、あなたが神を呪っても、神はあなたに対して呪いを実行したことはありません。あなたが神に全く良い心を持っていなくても、神はあなたに対して良い御心を持っています。あなたは、いと高きお方に対して、大きく重い罪を犯したのに、神があなたに対して厳しい言葉をかけないのは、良い御心を持っているからです。

哀れな罪人よ、あなたは神の律法を破ったので、神は自分に背を向けるに違いないと思いこんで、憐れみの御座に来ることを半ば恐れています。これを聞けば、安心できるでしょう――神は人に対して良い御心を持っており、この良き御心を神は、こう告げて誓われたのです、『わたしは誓って言う。――神である主の御告げ。――わたしは決して悪者の死を喜ばない。かえって、悪者がその態度を悔い改めて、生きることを喜ぶ(エゼキエル33:11)。』その御心はすばらしいもので、神はこうも言われました、『「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる」(イザヤ1:18)。』

そして、もしあなたが、『主よ、あなたが私に対して良い御心を持っていることが、どうしたら分かるでしょう』と尋ねるなら、神は、飼い葉桶を指差して言われます、『罪人よ、わたしが、あなたに向けて良い心を持っていなかったら、ひとり子を渡しただろうか?わたしが、人類に対して優しい気持ちを持っていなかったら、自分の子供を見捨てて、彼らの一人とすることによって、人類を死から贖い出させただろうか?』主人である神の愛を疑うあなた、天使たちの輪に目を向け、彼らの栄光の炎を見て、彼らの歌を聞き、その疑いを、あの甘い音楽の中に消し去り、また、あふれる歌声で覆い隠してしまいなさい。

出典:Joy born at Bethlehem(1871年12月24日に語られた説教)

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