2020年4月18日土曜日

【Daily Open Windows】4月18日

四月十八日

訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。(ヘブル十二・七)

主が、あなたを働きの場から外して、何もできないところに閉じ込め、辛い思いの中であなたは、主が自分を見捨てた、すべてが失敗してしまったとしか言えない、そんなことがあるかもしれません。これは、いったい、どういうことでしょう?なぜか、痛みはひどくなっていくばかりです!痛みが拡がっていくことが、誰の目にも明らかだったのではないでしょうか?長い目で見れば、そこに間違いはなく、すべては正しかったのです。それまで、いろいろなことで生活が忙殺されてきたあなたですが、今は、主を知るようになりました。周囲から切り離されたあなたは、主を心の内側で知るようになって、霊的に有能な者に変わり、この力の大きさのゆえに、今ではあなたは、外的な状況にもうまく対処できるようになりました。主は誤解されてきましたが、実は、あなたを有能なものとするために働いており、有能さを高めるために私たちを訓練してきたのです。次第に大きくなっていく痛みは、つらいものです。あなたは、大きくなる痛みで苦しんでいる人を助けることはできず、彼らの苦しみを、横で見ていることしかできません。


こうして、数多くの多様な方面を経て、この成長が起こるのですが、この成長は、主があなたを育てる目的で作り出す、苦痛に満ちた訓練によって起こります。英語の懲らしめ(Chastening)とは貧しい単語です。これは、子供をしつけたり、訓練することをさします。弟子ということばを例にとってみると、これは、学ぶために、誰かと関わり合いを持つようになった人のことであり、主の弟子たちは、学ぶために、主とともに過ごすようにと選ばれたのです。これは、訓練であり、学びです。私たちは、苦しみを通して学びます。主イエスでさえ、この意味で、苦しみを通して、『完全なおとな』、すなわち、完璧なものとされました。私たちも、同じ道を通って、完全な大人へと進みます。それが、子供のしつけ、訓練であり、経験という道によって学ぶことです。これが懲らしめです。私たちを子供から息子へ、幼子から完全な大人にすること。このようなかたちで、神が私たちを育ててくれることに、もっと大きな信頼をおきたいものだと、私は感じます。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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