2020年4月17日金曜日

【Daily Open Windows】4月17日

四月十七日

そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いた。(ルカ二十四・二十五)

今日の世界の状況を深く考えるとき、私たちは、霊的な盲目という病弊が広がっていることを、まざまざと見せ付けられ、暗澹たる気分にさせられます。これは、現代の病根です。今の世界を苦しめている問題の、全てではないにしろ、大部分がこの病根、すなわち、盲目という病までさかのぼることができると言っても、あながち、間違いではないでしょう。大衆は盲目であり、このことに疑いはありません。これまでにない啓蒙の時代となるはずだった日が来たのに、大衆は盲目のままです。・・・・指導者も盲目であり、盲人を支配する盲目の指導者たちです。しかし、大きな意味で言えば、主の民にも同じことが言えます。ごく一般的に言えば、キリスト者たちは今日、まったく盲目となっています。新しく見ることは、そのひとつひとつが天から来る御業です。それは一度だけで、完了するものではありません。


私たちは、途絶えることなく見続け、その上、一点も逃がさないほどによく見ることはできますが、真理の一片が新しく示されるたびに、この働き、私たちの力が及ばない働きが成されなければなりません。霊的な生活は、その始まりだけが奇跡なのではなく、このことにおいては、最後の瞬間に至るまで連続する奇跡であると言えます。・・・・私たちは、これまでになかった新しい啓示を求めているのではないし、また、神のみ言葉に付け加えられることがあるなどと、言うことも、暗示することも、ほのめかすこともしませんが、神のみ言葉の中には、見ようと思えば見られるのに、まだ見ていないものが、途方もなくたくさんあるということを、強調しておきたいと思います。確かに、このことには誰もが同意してくれるでしょう。すなわち、大切なのはただ――見ることであり、そして、多くを見るほど、本当の意味で見るほどに、その大きなものに圧倒される感覚をより強く覚えるようになりますが、これは、あなたが、そこで広大な土地の遠く離れた境界に達したことを知るからです。それは、短い生涯で経験できる力では、到底、知り尽くせないほど遠いところです。主は、私たち全員を、目を開かれたものとしてくださいます。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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