2020年9月12日土曜日

【Daily Open Windows】9月12日

九月十二日

あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか・・・を、あなたがたが知ることができますように。(エペソ一・十八)

聖徒たちが、キリストから受け継ぐものは何でしょう?聖徒たちの中に受け継がれる、キリストの栄光に富んだものとは何でしょう?それは、神が主に願ったように、主が世界に向けてご自身を示される手段を、聖徒たちが提供することです。主が完全さの中心となられることは、神の御言葉の中で定められていますが、その完全さは、主だけに限定されて現わされ、示されるべきものではありません。そうであったら、主が来られる理由もなかったでしょう。ただ一人の神という地位にあるお方は、受肉などなくても目的を果たすことができたし、神はただそのままで、完全さを達成できたからであり、それは、ピリピ人への手紙で言われているとおりです。主は、神と等しく、神と同じ完全さを持っていながら、自分自身を無にされました。なぜでしょう?他の人間たちも同じ完全さに入ることができるように、主ご自身だけがその完全さを持つことにならないようにするためです。それは、サタンが欲していることです。


主イエス様は、他の者たちを呼び入れたいがために、持っているものを手放します。この使徒は言います、『あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。』もし、あなたたちの中で、自分の権利のために、自分の土台の上に立ち上がること、手の内に何かをとどめることに心を傾けている人がいたら、それはキリストの精神に違反しています。キリストは、ご自身の権利をすべて投げ出すことによって、他の者たちがその権利を受けて、利益を得るようにされたからです。ですから、キリストから受け継ぐとはこのようなことです。すなわち、主はあらゆるものの相続人とされてはいますが、主がすべてを持てるようになるのは、主に仕える聖徒たちがいるからであり、主はこの『すべてのもの』を、聖徒たちを通して、そして、聖徒たちの中に受けるのです。これが、取り決めの一部であり、主も同意されていることです。主がすべてを受けることは、神の宇宙の中で、他と切り離された単独の事象ではなく、人間的な見方をすれば、そのように任命されたのであり、それは、組織的な意味でもあって、個人的な意味だけではないのです。・・・

主は、民が救われただけでは満足されないし、また、主は、人々が救われたままで、い続けるだけでは満足されません。主が目標として定められたのは、主についての完全な知識を持たせることです。これは、主にとって不可欠なものです。主から受け継ぐものは、この知識と固く結びつけられています。今日、必要なことは、主ご自身の民が、今は未だ知らない主ご自身の知識を持つこと、今は未だ至っていない主ご自身とつながる地位に達すること、一言で言えば、主の完全な知識を持つようになることです。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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