2020年6月10日水曜日

【Daily Open Windows】6月10日

六月十日

私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように。またあなたがたが、キリストの日には純真で非難されるところがなくなりますように。(ピリピ一・九、十)

個人の中に内なる霊的な知性が見られることは非常にまれです。主の敵が、妄想、偽造、そして、まやかしの表現を連ねて仕掛けてくる攻撃がこれほど大きな効果をあげていることも驚くにはあたいしません。このようなものに対する最大の防御策は、鍛錬を通して得る、主についての深い知識でしょう。本当の意味で主を知ることから得られるものは、揺るがない心であり、他の者たちが押し流されても、自分は持ちこたえる強さ――炎のような苦しみのときも耐え抜く堅牢さです。主を知っている人たちは、自分自身の手を差し出して、新しく何かを起こそうとはしません。彼らは愛と忍耐に満ちていて、すべてが砕け散るように思えるときも、自分の姿勢を崩すことはありません。この知識が必然的に結ぶ本質的な実とは自信であり、主を知る者たちの中には、静かで、安らかな強さがあって、その強さが、主にあるいのちの深さを物語ります。


ここで私が指摘したいのは、キリストのうちに、『知恵と知識との宝がすべて隠されているので』あり、そして、私たちに対する主の願いとは、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っている主ご自身についての理解が常に深められていき、また、そのことに個人的に感謝するものとなることです。私たちが述べ伝えてきた事実は、全て、ご自身の民に対する主の願いと、民にもっとも必要なことに関するものです。主についての正しい知識の欠落が、何よりも大きな悲劇の原因となることは、教会の歴史の中で証明されています。

異常な状況が引き起こされるたびに、キリストを信じる民のあいだでこの知識が欠けていることから生じる、恐ろしいほどの弱さが明らかにされてきました。波のように繰り返す過ち、振り子が揺れるように新しいものに飛びついてしまう性質、その恐怖と様々な面から来る信仰の試みとの過酷な戦い、このすべてが大勢の人たちを押し流して、霊的な滅びの中に置き去りにしてきました。こういったものが、いつでも、実に身近なところにあり、そして、私たちがこのメッセージを書いた目的は、主の民たちに、主に対してはっきりした態度を持つように強く求め、彼らにご自身を知らせるためのあらゆる手段を、主に取っていただくことでした。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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