2020年7月3日金曜日

【Daily Open Windows】7月3日

七月三日

こういうわけで、私はひざをかがめて、天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。(エペソ三・十四―十五)

神はこの摂理の中で、神の家族を得るために動いておられ、この摂理に基づいて今、行われていることは、死に打ち負かされるものではなく、また、神は死に欺かれることもありません。主は、ご自身の『家族』を手に入れ、その『家族』の死を欺きます。それは神とか、永遠の力強さなどというものではなく、御父です。そして、御父が追い求めているものとは死のない『家族』です。この『家族』は、死によって分かたれることは決してなく、この『家族』は、死によって壊されることは決してなく、この『家族』には、死による別離など言うものはあり得ず、この『家族』が、死によって子供を失うことはありません。もちろん、この『家族』の一員となる価値を認めるようになると、それは大きな慰めとなります。その価値とは、この『家族』の中では、誰も失われることはないということです。死がその中に手を触れても、これまでならば引き離されていた家族であっても、霊的となった『家族』は、霊的な現実の中、また、御父の家で永遠にひとつになっている限り、もはや引き離されることはありません。人を失うことに苦しみ、大きな痛みを感じることは、私たちの自然で人間的な一面です。しかし、信者の慰めとは何でしょう?私たちは、希望のない者のように悲しむことはしません。私たちの希望とは何でしょう?私たちには御父がおられ、その御父には、死によって壊されず、誰も死によって失われることのない神の家族があることです。私たちの願いとは、神の家族全体が、一人も欠けることなく、ひとつになることです。私たちが、まだ誰も失っていないということが希望です。私たちの希望は、永遠にひとつになることです。『天上と地上で家族と呼ばれるすべてのもの・・・。』これは、父なる神であることの意味の一部であり、そして、これこそ、御父がこの摂理の中で行われていること、すなわち、このような神の家族を持つことです。


『神』の気質とは時には、厳しいものです。『御父』として正しい空気の中で、私たちは厳しい気質を持つことは決してできません。こういったことの全てが、この世界に入ってこなければなりません。すなわち、主が私たちにくださる助けは、御父からの助けであり、それは、家族だからこその助けであるということです。これが、この摂理の中で起こっていることです。・・・世界の歴史の中で現された神の全ての啓示を超える最上位の啓示とは、私たちが今、その中で生きている啓示、御父の啓示であり、御子なるイエス・キリストが私たちの元へと届けてくださった啓示です。将来、『私たちの御父』という時、それが、私たちにとって、より完全な意味を持つことばでありますように。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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