2020年10月24日土曜日

【Daily Open Windows】10月24日

十月二十四日

そのとき、弟子たちが、近寄って来て、イエスに言った。「パリサイ人が、みことばを聞いて、腹を立てたのをご存じですか。」しかし、イエスは答えて言われた。「わたしの天の父がお植えにならなかった木は、みな根こそぎにされます。」(マタイ十五・十二、十三)

今日の世界にある組織的なキリスト教は、組織化されていないもの、宣伝されないもの、人の手で運営されないものを全く理解できません。そこには、人の心に訴える大仰な名前がなければなりません。立派な肩書きを持った人たちを集めれば、あなたのキリスト教団体は、成功が保証されます。こうなると、書面や肩書きをぶら下げていることが、主の働きを成功させるための要件ということになります。あなたは、こういったことを公式の媒体に書いき、報告を読んだ人に、『この団体は実を結んでいる』と答えてもらえるようでなければなりません。それができなければ、すべてが失敗に終わります。彼らは言います、『あなたは、もっと宣伝して、知名度を上げなければいけない。組織を作らなければいけないし、支持者をたくさん集めて、団体を支え、維持していかなくてはならない。』もしも、こういったことを何もせず、媒体の中で人の目にふれることがなく、あなたのことを誰も記事にしてくれず、名前も知ってもらえず、また、公けの場で人々が目を留めるようなものを何も生み出せなかったら、組織化されたキリスト教は、どのような判決を下すでしょう?『何も行われていないではないか。あなたは、何ひとつしていない。陰に隠れて、こそこそしているだけだ。』本当にそうでしょうか?これに対して、私たちは何を言うべきでしょう?


初期には、このような状況ではなかったことは注目に値いしますし、そこには、力と進歩と大きな成果がすばらしく現れていて、行く手を遮るものもありませんでした。ただひとつの結論は、主はご自身の働きを自分だけでできるということであり、必ずこの究極的な事実に行き着くことになります。よみがえられた主は、間違いなく、ご自身の働きを完成させることができ、聖霊は何をどうすればよいかをご存知です。これは、驚くべき発見ではありませんか!皮肉な言い方をお許しください。あえて言いますが、これこそ、ヘブル書十二章二十六から二十八節が結びつけられている事実です。『わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。』揺り動かされるものは、揺り動かされます。揺り動かされないものだけが残ります。それはいったい何でしょう?神が成し遂げられたことです。『神のなさることはみな永遠に変わらない。』神がされることは、霊的な方法で行われます。それは霊的であり、天的であり、永遠に続きます。

これを聞いてあなたは、混沌とした、当惑した状態に置き去りにされ、自分がどこにいるかも分からなくなってしまうかもしれませんが、私はこの言葉に込められた真実を疑いません。もし、それを受け入れられないと感じ、このことに同意できず、抵抗を覚えるなら、そして、今まで自分が受けてきた訓練、学んできた知識と、このことがまったく相容れないと感じるなら、また、自分が知っている事実と矛盾すると思うなら、あなたにお願いしたいことはただひとつ、神の前に正直になることです。主のもとに来て、ヘブル人への手紙の意味、なぜこの手紙が書かれたのか、その意義とはどこにあるのか、神がこの手紙を守り続けたのはなぜか、今の時代にこの手紙をどう用いればよいのか、その答えを示していただくようにお願いしてください。主ご自身がされることを真摯に受け入れてください。どうか、霊の中で熱くなって、敵対心を抱えたまま行動しないください。その気持ちを誰かの扉の前に投げ出さないでください。少なくとも、神に機会を与えてください。・・・・主が、私たちに、ご自身の解釈を伝えてくださり、正直な心を与えてくださり、そして、私たちがこのような考えを持つように導かれた意図を示してくださいますように。

Daily Open Windows ―― T・オースティン-スパークス

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